Introduction 研究概要・背景

研究目的(概要)

 本研究は、Josephson接合での超伝導位相を断熱的に変化させることで、高速性が特徴の磁束量子回路において、熱力学的極限に迫る究極的な低消費エネルギー化を図る。半導体回路に対して6桁以上の低減化を目指し、冷却を考慮しても十分な優位性を生み出す。本研究では、この断熱モード磁束量子回路(AQFP)を中核とし、それを情報処理システムとして実用化するために不可欠なメモリと3次元集積回路プロセスを開発する。メモリは、超伝導位相の0/π遷移を情報蓄積に利用する新物理現象に基づく。プロジェクトの最終目標として、3次元集積化された16b AQFPプロセッサの5GHzでの高速動作実証を目指す。

熱力学的極限に挑む断熱モード磁束量子プロセッサの研究

平成27年度科学技術研究助成事業

基盤研究(S)

研究背景

 エクサスケール級の高性能コンピュータの実現のためには、エネルギー効率の高い論理回路が必要不可欠である。論理回路のエネルギー効率において、最も重要な評価指標は1ビット1演算当たりの消費エネルギーである。Landauerによる考察[参考文献1]以来、古くからこの最小エネルギーに関し議論がなされている。熱力学的考察によれば1ビットの演算に要する最小エネルギーはkBT ln2と予想されるが、それと誤り率や動作速度との関係は全く未解明のままある。従来はこの最小エネルギーより遥かに大きなエネルギーで演算がなされており、応用上は消費エネルギーの物理的極限を議論する必要は無かった。しなしながら、情報機器の消費エネルギーがシステム性能を決めるようになり、この問題の本質的な理解が極めて重要となってきた。

 超伝導リング中の量子化磁束を情報担体とする単一磁束量子(single flux quantum; SFQ)回路は、高速動作が可能でありながら消費電力は極めて小さい。そのため、大規模なデジタルシステムの実現を最終目標とし、欧米諸国と日本を中心に研究が進められている。図1は、SFQ回路とCMOS回路のビットエネルギーとクロック周期の関係を示す。SFQ回路は、エネルギー・遅延時間積において、CMOS回路と比較して3桁以上優れている。本研究グループは、これまでにSFQ回路の設計基盤技術を確立し、8bマイクロプロセッサ、浮動小数点演算器(FPA)など、大規模SFQ回路の世界初の高速動作実証を行ってきた(図2参照)。

図1 SFQ, AQFP回路のビットエネルギーとゲート遅延時間の関係

図2 SFQ FPAチップ

 しかしながら、このSFQ回路技術を真に意味のあるものにするには、半導体では到達できない性能、とりわけ極限まで低減化された消費エネルギーと高速動作が両立することを示す必要がある。それが本技術の応用の拡大、引いては地球温暖化の防止にもつながると考える。そのため研究代表者は、超伝導位相の断熱制御に基づく断熱モード磁束量子(adiabatic quantum flux parametron; AQFP) 回路を提案し、その基礎研究を「断熱モード単一磁束量子回路の導入によるサブμWマイクロプロセッサの研究」(基盤研究(S)、H22〜H26、代表:吉川)において推進した。本プロジェクトにおいて、当初の目標を超え、論理回路の低電力化に革新的なブレークスルーをもたらす以下の研究成果が得られた。

断熱動作によりAQFP回路の消費エネルギーはクロック周波数に比例して低減できる。もし演算における情報のエントロピー低下が無ければ1ビットあたりkBT以下まで低減できる。

 

有限温度においてもAQFP回路は低誤り確率で安定に動作し、基本ゲートや加算器などの演算回路は大きな動作余裕度を持つ。

 

実測により得られた消費エネルギーは、5GHzで10zJであり理論と一致している。

 

 

 以上の研究成果は、AQFP回路が消費エネルギーの面で半導体回路に対して6桁以上優れていることを示しており、究極的な低消費論理回路の基本概念としてパラダイムシフトをもたらす。これらの研究成果を踏まえ、当初計画以上の成果が得られたAQFP技術を更に発展させ、将来のハイエンド情報機器の基盤技術にまで高めるべきと判断した。本年、米国はSFQ回路の低消費電力化に基づく超伝導スーパコンピュータプログラムを国策として開始し、多額の資金を投下することを決定した(米国IARPA, C3 Program, http://www.iarpa.gov/Programs/sso/C3/solicitation_c3.html)。国際的な競争が強まる中で先駆的な研究に取り組むことは、第一人者としての使命とも考える。

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